comdiaryのブログ

日々の思い出づくりに。今は育児ネタが多いはず。

他人なら許せる

今日も晴れ。



昨日の睡眠不足の反動で、朝からケンカをふっかけてしまった。
あーやっちゃった。
会話がないとはいえ、少しずつ回復へ向かっていたものを、壊してしまった。
次は何日かかるんだろうか、そもそも戻るのかもはや分からない。
希望は捨てないようにしてるけど、この先どうなるかはわからないや。

水曜、夫はサークル活動をしてくるので毎週帰りは遅い。
今日もまた遅いんだろうと思うと、また私は今日もないがしろにされて、夫一人だけが趣味を楽しめている状況に苛立ち、感情の波が訪れ、つい口走ってしまった。

今が一番大変な時期なのに、なんで遅く帰ってくるのか?と。

仕事だって大変なんだ‼︎と、言われ、あとはいつも以上の無視。

あーあ、これって私と仕事どっちが大事なのだよね。
こんなセリフ言う人間になっていたなんて、そのことに驚いてしまった。
夫の反応は当然そうなるでしょう。
私はまた、感情の奴隷になってしまって、本当にうんざりする。


Kくんと一緒に家を出たので、そこは安心して私も学校に向かった。
頭の中はムシャクシャ、まともに動いていない。睡眠不足だし。

ふと、幸せのハードルを下げてみることを思い出した。
生活水準を下げることが難しいように、幸せのハードルも難しいようです。

空をみて、深呼吸して。
今日は雲ひとつない秋晴れで、涼しくて、一年で一番好きな時期。
それを眺めてたら、早速一つの幸せに出会えたんだと気付けて笑いがこぼれた。

なんで私は、こんなにも夫の反応に依存してしまうんだろうか。
と考えると、今まで一人で過ごした経験が無いことに改めて気がついた。
一人で遊ぶとか旅行とか、久しくしてなかったなぁ。
学生時代は一人で海外旅行に行ったり、一人暮らししたりしていたけど、ここ数年は夫といるのが当たり前だった。
その「当たり前」が出来ないことがストレスだったんだろうなぁ。
私の幸せのハードルが下がらないから、つらい気持ちになるんだなぁ。


それじゃあどうやったらハードルは下げられるのか?
考えながら学校へ到着、クラスメイトと挨拶しながら気がついた。
仲良い子、そうでもない子、知らない子などいろいろいるけど、他人なら会話がなくても、話を受け入れて貰わなくても気にならない。
他人だから、他人の趣味や楽しみを応援出来る。
私とは違う生活を営んでいる、他人だから。


そう、他人なら許せる。
夫に執着していたのは、「他人」だという前提がすっぽり抜けて、「身内」だと意識していたからだ。
私は親兄弟ととても仲が良いし、いつまでもだらだらとお喋りしていられるけど、夫にも同じ感覚を求めていたから苦しいんだ。

子はかすがい、という言葉を聞く度に、子どもが独立した後は離婚するのだろうか、とか不安になっていたけど、子育てが終わったら私も独立して良いのかもしれないと思えたら、なんだか楽になった。
離婚でも、別居でもいいし、継続するけど世界放浪の旅に出ても良いんだ。
20年後の別れを今から嘆いてもしょうがないしゃない。


夫は他人だったんだ…。
私の半身ではない。
他人なら許せることが沢山出てくる。

他人なのに、今はKくんも私も夫が養ってくれている。
私も学業が忙しくなるのは来年からだから、余裕がある。
Kくんは健康だし、わかりやすいし、可愛くて癒される。

まだ付き合うとか以前の夫、他人だったのに仲良くなっていった経緯を思い出していった。
私も私の実家も何も持っていないけど、私と付き合った夫は何を求めたんだろうか。
私が思いつくのは、似たような価値観と楽しい時間。

産休の前、家計は全て夫に依存してきた。
今まで折半でやっていたのに、夫が全てを引き受け、子どもまで生まれて、さらに養わなきゃいけない責任感に夫もかられていったのだろう。
私が経済的な心配は一切しなくて済んだのは、夫のおかげだ。

そこまで考えたら、夫依存から脱却できる気がしてきた。


親しき中にも礼儀あり、とは言うけど、ここまで見に染みるとは。
親しき中こそ、礼儀あり。だね。

しばらくは夫は他人だと意識して、もちろん冷たい態度ではなく良識的に対応して、どういう反応が帰ってくるか観察してみよう。

ようやく心が軽くなった気がするよ。